いま逝くと言うことは、、、
2012年 09月 07日
死に近き母に添寢のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる (斉藤茂吉)
斉藤茂吉の歌集「赤光」におさめられているこの歌を知ったのは学校の教科書でした。
何故か鮮明に覚えている歌です。
わが母もこのような状態ですが、、、
いまは家で見てやることも出来なくて病院ぐらし
個室に入れられていますが、添い寝が出来るような状況ではなく
毎日病院に通って、、ようすを見て、、、帰ってくるだけです。
つまりは母はいちにちのほとんどを独り病室の天井をみながら、、、
本当は見えているのかどうか分からない状態ですが、
とにかくほとんどの時間を独りで過ごしているだけです。
だからと言って家に連れて帰れる状態ではありません。
私の母はまだ恵まれている状態だと思いますが、
それでも一日のほとんどを独りで過ごしています。
誰にでも訪れる人生最後のひと時、、、、、
結局人間は独りで生まれてきて独りで旅立って逝くのですね。
当たり前のことですが、、、、、、。
シッカリした死生観を持っていないと美しく死ねないと
自戒しているtabinistです。
今日の裏山歩きで撮影したものです。
この小さな田の稲刈りは終わっていました。
ヤブランの花はこれからが見頃?
涼しい風が待たれる今日の裏山歩きでした。
斉藤茂吉の歌集「赤光」におさめられているこの歌を知ったのは学校の教科書でした。
何故か鮮明に覚えている歌です。
わが母もこのような状態ですが、、、
いまは家で見てやることも出来なくて病院ぐらし
個室に入れられていますが、添い寝が出来るような状況ではなく
毎日病院に通って、、ようすを見て、、、帰ってくるだけです。
つまりは母はいちにちのほとんどを独り病室の天井をみながら、、、
本当は見えているのかどうか分からない状態ですが、
とにかくほとんどの時間を独りで過ごしているだけです。
だからと言って家に連れて帰れる状態ではありません。
私の母はまだ恵まれている状態だと思いますが、
それでも一日のほとんどを独りで過ごしています。
誰にでも訪れる人生最後のひと時、、、、、
結局人間は独りで生まれてきて独りで旅立って逝くのですね。
当たり前のことですが、、、、、、。
シッカリした死生観を持っていないと美しく死ねないと
自戒しているtabinistです。
今日の裏山歩きで撮影したものです。
この小さな田の稲刈りは終わっていました。
ヤブランの花はこれからが見頃?
涼しい風が待たれる今日の裏山歩きでした。
by tabinist
| 2012-09-07 16:58
| 日々雑感